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特別講演「里神楽」

   

埼玉県桶川市の川田谷生涯学習センターにて、三芳町が誇る伝統芸能「里神楽」の特別公演がありました。

 

里神楽(江戸の里神楽)とは、笛、大拍子、長胴太鼓の囃子に、仮面をつけて古事記や日本書紀の神話を演じる無言劇の形態を取る神楽の総称です。主に神社の祭礼で上演されます。

 

桶川市には、祖先から受け継いだ「ささら獅子舞」「万作」「接待餅」などの民俗芸能が伝えられています。

かつては、祭礼の折、村の神社では、神楽師を招いて神楽が奉納されていました。
下日出谷の和久津家は、昭和初期から40年代まで、里神楽の太夫元をつとめていました。和久津家の神楽は、明治27年生まれの和久津伊作氏によって昭和初期に始まり、昭和32年に伊作氏が亡くなった後も昭和40年代まで活動していました。伊作氏は、製茶業を営む傍ら、神楽を習い覚え、地元下日出谷の仲間とともに一代で太夫となりました。
和久津家に伝えられている神楽の衣装や面などの道具は300点を超え、現在、桶川市指定有形民俗文化財とな
り、桶川市歴史民俗資料館に収蔵されています。これらの道具は、神楽師の交流の中で譲り受けた面や、家族で手作りした衣装が含まれ、当時の神楽太夫の暮らしや演目の姿を今に伝えています。

今回、その展示に際し、三芳町の里神楽をお招きいただき、特別公演を開催する運びとなりました。

 

さて、三芳町では(当時の)竹間沢村の代々の陰陽師であった前田家が、前田社中として里神楽を伝承しています。

前田家が、いつ頃から神楽を行うようになったかは明らかではありません。

しかし、江戸時代終わり頃の古文書に「御神楽師 前田筑前」の名前が見られることから、その頃には神楽師として活動していたことがわかります。

 

上筒之男命

本日の一幕目は、「住吉三神」です。

この里神楽は、その日の演目の最初に必ず舞うことになっており、これを舞わずに剣を抜くと怪我をする、といい伝えられています。

イザナギノミコトは亡くなった最愛の妻、イザナミノミコトに会うために黄泉の国まで追っていきますが、酷い姿に変わり果てたイザナミノミコトを見て逃げ出してしまいます。追いかけるイザナミノミコトからなんとか逃げのびたイザナギノミコトは、筑紫にある阿波岐原で禊をします。

 

中筒之男命

このときに生まれたのが、上筒之男命、中筒之男命、底筒之男命の「住吉三神」です。

まず、上筒之男命による「折り紙」と「剣の舞」が、次に中筒之男命による「奉納の舞」、最後に底筒之男命による「扇の舞」が舞われ、舞台の四方が清められます。

(桶川市歴史民俗資料館の配布リーフレットより引用)

 

 

そして圧巻だったのが、底筒之男命による「扇の舞」でした。なぜなら、この日、前田社中の家元である前田益夫さんが自ら神楽を舞ったのです。

御年82歳。扇の舞を演じるのは約20年ぶりだったそうですが、見事のひと言に尽きました。

技が体に染みついているとはまさにこのことでしょう。

第二幕は「天の返矢」。

この里神楽は、三部に構成されている「国譲り」の里神楽です。この日は、高天原から天若日子が大国主命のところへ国譲りをせまりにやってくる場面です。

天若日子は大国主命に対して何度となく国を譲り渡すよう交渉しますが、大国主命はがんとして聞き入れませんでした。

やがて両者は争いになり、天若日子は大国主命に矢を放とうとしますが、大国主命の愛娘下照姫の美しさに一目惚れし、居ついてしまいます。

高天原では、天若日子が数年過ぎても戻ってこないことから不審に思い、キジを使いに出しますが、天若日子はこのキジを矢で射殺してしまいます。矢はキジを射とおして高天原まで届き、その返し矢が天若日子の胸に突き刺さり、天若日子は大けがを負ってしまいますが、里神楽ではおかめとモドキによる楽しい掛け合いの所作がところどころに入れられており、笑いを誘います。

(桶川市歴史民俗資料館の配布リーフレットより引用)

 

公演の最後には餅と御縁宝が振る舞われました。

来場いただいたお客様からは「すばらしい!」「おもしろかった!」とお褒めの言葉をいただきました。

 

三芳町には、車人形、お囃子、そして里神楽と、すばらしい伝統芸能があります。

このことを誇りに思いたいです♪

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